読書記録『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か』平田オリザ

色々と話題になっている大学入試の新テストですが,日本史では暗記だけで解ける問題ではないこと,そしてこれからの歴史の授業のあるべき姿を提案している問題であることなどの面では良くなっていると感じます。

最近の新入試批判は,何を問題として批判しているのかがわからず,新入試の全てがダメなようになっているので,どこが悪いのかをはっきりと伝えるべきという意見が多く見られるようになっています。

 

さて,読書量が増えるにつれ,読むスピードが速くなってきた気がします。しかし,読んだことを記録しておかないと,自分の中に何も残らないのではという危機感を感じるようになりました。なので,拙い文章ではありますが,読書記録を残しておこうという気持ちになっています。(おそらく三日坊主...)

 

平田オリザ『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書

を読みました。

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対話と会話の違いに関する,以下のウェブの記事に興味を持ったことをきっかけに読んだ本でしたが,対話の必要性が日本社会の変化を背景とするものとして説明されていて,それではいつ変化したのかという歴史の転換点についても考えさせられた内容でした。

mi-mollet.com

1990年代は日本の歴史の断層であるという考えがあります。55年体制の崩壊,バブル崩壊阪神淡路大震災などの出来事が,日本の政治・経済・社会を大きく変えたという見方です。

平田さんも,1980年代までであれば,国家も個人も同じ方向を向いていたので均質な社会であったとしています。

遠くで(霞が関で),,誰かが(官僚が)決めてくれていたことに,何となく従っていれば,いろいろ小さな不都合はあったとしても,だいたい,みんなが幸せになれる社会

ですから,そこで要求されるコミュニケーション能力は,周りに合わせる力でした。

遠くで誰かが決めていることを何となく理解する能力,空気を読むといった能力,あるいは集団論でいえば「心を一つに」「一致団結」といった「価値観を一つにする方向のコミュニケーション能力」が求められてきた

しかし,1990年代以降,価値観の多様化により皆が同じ方向を向いている社会とは言えなくなります。

人びとはバラバラなままで生きていく。価値観は多様化する。ライフスタイルは様々になる

 価値観が多様ななかでも,人間は社会的動物ですから,バラバラなままでは生きていくことができません。ある程度の合意は必要なわけで,その時に求められるコミュニケーション能力を,平田さんは「社交性」としています。

「社交性」は,価値観の違う人ともどうにかしてうまくやっていく力だとしています。これまでなら,心からわかりあえることを前提としてコミュニケーションをとっていたところを,

「いやいや人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が,どうにかして共有できる部分を見つけて,それを広げていくことならできるかもしれない」

 と考えて付き合っていく態度が必要としています。

 平田さんは,そういう異なる意見を持つ人がコミュニケーションをとるとき,相手を自分の意見に従わせるのではなく,互いの主張を尊重しながら新たな答えを生み出していくのが対話であるとしています。

 

これからの教育のキーワードである「主体的・対話的で深い学び」の対話とは,そういうものなのです。

 

「対話的とはなんだ?」という疑問からウェブを調べていくうちに見つかった本でしたが,その通り,対話的で深い学びに関する自分の考えを深めることができた読書でした。

 

対話的で深い学びと,歴史の転換点と言えば,大学入試の新テスト試行調査(2018年実施)に,転換点に関する問題があり,その問題文が対話的な学びをしています。

 

第6問 近現代史に関するまとめの授業で,時代の転換点を考えてみることになり,Aさん,Bさん,Cさんは,次のような中間発表を行った。それぞれの発表を読み,下の問いに答えよ。

Aさんの発表
 私は,日露戦争での勝利が日本の大きな転換点の一つだと思います。その理由は,日本人の意識に大きな変化があったのではないかと考えたからです。夏目漱石の『三四郎』の一節を取り上げたいと思います。(以下略)

Bさんの発表
 私は,大正から昭和初期にかけての文化の大衆化を大きな転換点と考えました。その理由は,文化の大衆化が,今日の政治思想につながる吉野作造が唱えた民本主義を人々に広め,いわゆる「憲政の常道」を支える基盤を作ったと考えたからです。(以下略)

Cさんの発表
 私は,1960 年代を大きな転換点と考えました。1960 年に岸内閣に代わった池田内閣が「国民所得倍増計画の構想」を閣議決定し,「今後10 年以内に国民総生産26兆円に到達することを目標」としました。その結果,経済が安定的に成長する時代を迎えると同時にその歪ひずみも現れました。(以下略)

問7 Aさん,Bさん,Cさんの発表に対して,賛成や反対の意見が出された後,ほかにも転換点はあるのではないかという提案があり,次の①・②があげられた。あなたが転換点として支持する歴史的事象を次の①・②から一つ選び,その理由を下の③・⑧のうちから一つ選べ。

 この問題では,歴史の転換点はいつなのかという正解のない問いに対して,自分の意見を歴史的事象を根拠にあげながら発表しています。そして,他者の発表を聞いて新たな考えが生まれるという授業の流れになっています。これはまさに,主体的・対話的で深い学びです。

 

「これからの授業をどうしようか?」という問いに対する,一つの答えとなるような読書でした。