生きづらい現代社会

f:id:rsc_works:20200404201454j:plain

松沢祐作『生きづらい明治社会』岩波ジュニア新書

「がんばれば必ず成功する」と言われてどう思いますか?

本屋に行くと成功者が自分の成功の秘訣を紹介する本であふれています。これも努力が成功に結び付くという発想から出されているものだと思います。身近に努力して成功した人がいる状況の中で,努力が成功を生むという考えは正しいと思いがちですが,本当にそれでいいのでしょうか。

この本では「通俗道徳」という言葉がキーワードになっています。

人が貧困に陥るのは,その人の努力が足りないからだ,という考え方のことを,日本の歴史学界では「通俗道徳」と呼んでいます。

しかし,最近のコロナ関連のニュースで,コロナ禍により内定が取り消されたり,会社が倒産の危機に瀕したりという報道を耳にします。つまり,自分の努力だけではどうにもならないことだってあるのだから,「がんばれば必ず成功する」というのは間違った考えだということができます。

明治の社会では通俗道徳が大きな意味を持っていたそうです。1874年に制定された恤救規則という生活保護法のもとになる法を改正する議論が帝国議会でおこなわれていた時,議員は弱者の保護には冷たいものでした。その背景には,当時の議員が制限選挙によって富裕層から選ばれているため,弱者の利益を代表する必要がなかったこともありますが,ここにも通俗道徳が影を落としているのではないかと考えられます。

議論の中でこういう意見もありました。弱者を政府が救うことになれば,弱者に権利を与えてしまうことになると。現在は憲法によって「最低限度の生活」が保障されています。だから生活保護の仕組みなどを政府が整備しています。そう考えると,最低限の生活をする権利も認められていない明治時代は「生きづらい」社会です。しかし,それは過去のものであって現在は関係のないことと言えるでしょうか。弱者に対して「努力が足りない」と批判する自己責任論がまかり通る状況は今でも見られます。

この本は明治時代の生きづらさを見ることを通して,身近にある矛盾にも目を向けてほしいというメッセージが込められているものと思います。