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昨年はNHK大河ドラマ真田丸」にはまっていました。時代考証担当者が注目されるという,今までの大河ドラマにない盛り上がりがありました。真田信繁(幸村)についてなんとなくしか知らなかったのですが,「真田丸」をきっかけにしっかりと勉強してみたいと思い,今年最初に読む本に決めたのです。

幸綱・昌幸の時代の記述は信頼性の高い史料を用いて史実を見出し,とても慎重に語っている感じがします。歴史はこうやって語られなければいけないということを再確認する上でも勉強になりました。

しかし,信繁(幸村)の代になるとどの史料によって語られているのかはっきりとせず,しかも信繁に対する強い感情移入まで感じされるような語り口に変わります。筆者もあとがきでは書いていますが,急に筆者が変わったのかと思うほどに語り口が変わります。あとがきでの筆者の説明は以下の通りです。

正直に告白すれば,私は史料を読み進めていくうちに,信繁が感じたであろう無念さや悔しさが想起されてならなかった。大坂城内での派閥抗争に倦み疲れ,献身的な働きにもかかわらず味方から嫉視,差別され,なかなか意見を受け入れてもらえぬ信繁の姿に,身につまされる読者も多いのではないだろうか。それは私自身もそうだったからであり,信繁の生涯の中に,自らの姿を重ね合わせて感慨に耽る部分が少なくなかったからである。日本人に根強い真田人気を支えるのは,まさにこれなのだろうと私は考えている。 

 一生懸命がバカを見る世の中ってダメだと思いつつも現実は…

感情移入する気持ちはよくわかります。

だから「真田丸」では

「望みを捨てぬ者だけに道はひらける」

というセリフで最後まで諦めずに忠誠を尽くす信繁の姿を描いたのでしょうね。