引っ越ししてから8ヶ月ほどが経ちました

渡島で8年,日高で8年を経て今年札幌に転勤してきました。

一番長く住んでいる町なので,「戻って来た」がふさわしい表現ですが,ここまで過ごしてきた町も長く住んで良いところがたくさんあって,どこもホームタウンな感じなので戻るという感覚ではなくなってきています。

 

それからロードスターカフェと名乗ってきましたが,とうとうロードスターを手放してしまいました。その時のお話を

 

1月のある日,引っ越しがほぼ確実になっていく中,妻からロードスターを処分してはという話が。覚悟しなければと思いつつ,なかなか決断できずにいました。

 

その後,ゴルフを洗いに洗車場へ行きます。

 

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そしたら,隣にかっこいいロードスターが来て,キャブの調整などをしています。

なんだか話しかけてみたいと思い話を聞いてみると,相当ロードスターにはまっているようで,私の家の前に放置しているロドスタのことも知っていました。

そこで自分のロドスタを処分しようと思っていることを話してみると,「そうなった時は言ってください」と答えてくれました。

 

それから2ヶ月

 

本当に転勤が決まり,処分をするなら捨ててしまうより使える部品を再利用してもらったほうがということで,その時に出会ったロードスター乗りの方に連絡をしてみたら,引き取ってもらえることになりました。

 

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トラックに乗せて運ばれる前に最後の撮影ということでシャッターを押しました。

しかし,錆びてボロボロになった姿を撮影されることを嫌がったのでしょうか。

ロドスタに向けてシャッターを押したのに,撮れていた写真はスマホをおろしたあとの足元でした。

 

偶然に何かが重なったりすることがあると,それは運命に違いないって思って進めていくことがあります。

 

それぞれは単発の出来事なのですが,近い時間の中で起きると単発の出来事同士が何かの意味を持って繋がっていると感じるのは,長く歴史をやってきているからでしょうか。

「売れっ子音楽プロデューが本気で選んだ2016年名曲ベスト10」

1月の初めに関ジャム完全燃SHOWという番組で,「売れっ子音楽プロデューが本気で選んだ2016年名曲ベスト10」という特集がありました。

これがすごく面白く,HDDレコーダーで録画したのに子供に消されてしまったので,記録としてここに残しておきます。

 

蔦谷好位置さんの名曲ランキングが曲に対するコメントの熱さもあり特に楽しかったです。

 

第10位


T字路s / はきだめの愛, これさえあれば

 

第9位


米津玄師 MV「LOSER」

 

第8位


Kan Sano / C'est la vie feat. 七尾旅人

 

第7位


SALU「In My Life」

 

第6位


Chance the Rapper ft. 2 Chainz & Lil Wayne - No Problem (Official Video)

 

第5位


チャットモンチー 『majority blues』(Short Ver.)

 

第4位


『リッケンバッカー』MV - リーガルリリー

 

第3位


Mrs. GREEN APPLE - 鯨の唄

 

第2位


KOHH - ”Die Young” Official Video

 

第1位

「なんでもないや」 RADWIMPS

 

第1位のなんでもないやは,8小節のアカペラで始まるところや,伝統的なヨナ抜き音階を使いながらも一瞬違う音を使ったりと,天才が作った曲だとべた褒めでした。

そういう知識は初めて聞いたことだったので,自分の音楽の聴き方が変わるほどこの特集は面白かったです。

 

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昨年はNHK大河ドラマ真田丸」にはまっていました。時代考証担当者が注目されるという,今までの大河ドラマにない盛り上がりがありました。真田信繁(幸村)についてなんとなくしか知らなかったのですが,「真田丸」をきっかけにしっかりと勉強してみたいと思い,今年最初に読む本に決めたのです。

幸綱・昌幸の時代の記述は信頼性の高い史料を用いて史実を見出し,とても慎重に語っている感じがします。歴史はこうやって語られなければいけないということを再確認する上でも勉強になりました。

しかし,信繁(幸村)の代になるとどの史料によって語られているのかはっきりとせず,しかも信繁に対する強い感情移入まで感じされるような語り口に変わります。筆者もあとがきでは書いていますが,急に筆者が変わったのかと思うほどに語り口が変わります。あとがきでの筆者の説明は以下の通りです。

正直に告白すれば,私は史料を読み進めていくうちに,信繁が感じたであろう無念さや悔しさが想起されてならなかった。大坂城内での派閥抗争に倦み疲れ,献身的な働きにもかかわらず味方から嫉視,差別され,なかなか意見を受け入れてもらえぬ信繁の姿に,身につまされる読者も多いのではないだろうか。それは私自身もそうだったからであり,信繁の生涯の中に,自らの姿を重ね合わせて感慨に耽る部分が少なくなかったからである。日本人に根強い真田人気を支えるのは,まさにこれなのだろうと私は考えている。 

 一生懸命がバカを見る世の中ってダメだと思いつつも現実は…

感情移入する気持ちはよくわかります。

だから「真田丸」では

「望みを捨てぬ者だけに道はひらける」

というセリフで最後まで諦めずに忠誠を尽くす信繁の姿を描いたのでしょうね。

2017年の大学入試センター試験が近くなってきました

今年のセンター試験は1月14日(土)〜15日(日)です。徹底的にアウトプットしている時期ですね。

 

一番のセンター対策はセンター試験の過去問をやることだと言われています。河合塾やベネッセ・駿台などの模擬試験はセンターの傾向を踏まえての出題をしているので、模試の解き直しも余裕があればやってみるといいでしょう。とにかく問題をこなし、わからないことがあったら教科書で確認していくことで、正確な知識と理解を目指しましょう。

 

さて、今日はZ会のセンター対策問題を見て驚いたので、そのことについて書きたいと思います。

 

センター試験日本史B年代配列問題のZ会バージョンで、刈田狼藉、守護請、半済令を年代順に並べ替えるという問題でした。

 

質問を受けた時には、「守護の権限拡大についてだから鎌倉時代に設置された守護が南北朝の動乱を経て権限を拡大し、戦国時代には幕府に頼らない自立した権力を確立したのね。」という問題だろうと思い込んでいました。しかし、室町時代に守護から守護大名へと成長していく中で新たに獲得した権限の3つを並べるという細かすぎることを年代整序問題として聞くというもので、最初は「こんな細かいことを聞くなんてセンター試験ではあり得ないでしょう」と答えて済ませてしまいました。

 

しかし、問題集(模擬試験?)として聞くくらいなのだから、何か出題する意味があるに違いないと考えてみました。

 

それで自分なりに考えた結論です。

守護が最終的に実現したいのは、任国に対する支配権を強化することです。

その第一段階として、鎌倉時代には権限を大犯三箇条に制限されていた状態から拡大するため、他人の所有する土地の収穫物を奪い取る刈田狼藉という行為をその土地の所有権を主張する土地をめぐる争いから生じる行為から、自分の土地ではない土地から生み出された収穫物を奪い取る窃盗行為として取り締まる権限を手に入れたり、幕府の裁判を強制的に執行する権限によって任国に対する支配権を拡大します。

 

次に観応の擾乱をきっかけに、戦時ということで任国の年貢の半分を兵糧米として手に入れる半済により、さらに任国に対する支配権を強めるとともに、半済で手に入れた兵糧米を在地の武士に給与として与えることで守護と在地の武士との間で主従関係が作られます。しかし、半済は守護に年貢の半分を与えるというだけでなく、年貢のもう半分はその土地の領主が手に入れることを幕府が保障し、守護が戦時というどさくさに紛れて権限を強化しないように制限したとも言えます。

 

ということは、守護は残りの半分の年貢にも手を出すことでさらに権限が強化するわけで、それが守護請によって実現するわけです。

 

という守護の権限の拡大にはいくつかの段階があるということを踏まえれば、Z会の問題も必ずしも細かすぎる悪問とは言えなくなります。(とはいってもセンター試験ではここまでは出題されないと思います。)おそらく、2次試験の論述問題も意識した作問をした結果なのだと思います。

 

そうやって考えると、Z会の問題集は全然使えないという私の見方にも修正がひつようなのかと...

ポツダム宣言はどのように生まれたのか

ポツダム会談があってポツダム宣言が出された」と説明されると、ポツダム会談で宣言について話し合われたと理解するのが普通です。しかし高校の教科書をよく読んでみると、その理解が間違っていることがわかりました。

7月には、3国はベルリン郊外のポツダムで会談をして、ヨーロッパの戦後処理問題を協議していた。会談を契機に、アメリカは対日方針をイギリスに提案し、アメリカ・イギリスおよび中国の3交戦国の名で、日本への無条件降伏勧告と日本の戦後処理方針からなるポツダム宣言を発表した。

   山川出版社『詳説日本史B』(平成25年発行)367頁より

   ※3国とはアメリカ・イギリス・ソ連のこと

この記述から、ポツダムでの話し合いはヨーロッパの戦後処理問題についてのものであり、会談をきっかけにアメリカが宣言文案をイギリスに提案して発表したことになります。

 

実際、日本に無条件降伏を求める勧告文についてはアメリカ政府で考えられてきたことで、出されたタイミングがポツダム会談の時で、その中身については協議の公式な話題にはなっていないのです。

 

教科書はしっかりと読まなくてはいけません。

というか読んだ時に不思議に思わないと。>自分

Perfume


すごい!
しかし,こんなに光を浴びて目が大丈夫なのか心配になります。

文系の大学は必要ない?

朝日新聞の記事「(争論)文系学部で何を教える」を読む。
文部科学省が昨年9月に,国立大学に対して人文・社会科学系や教員養成系の学部の「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」を促す内容の通達を出したそうだ。
このことに対して賛成意見を述べている富山さんは,「大学教員に職業訓練をさせる」とか,「サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計」など,私にとってはすごく過激なことを言っている。
文科省有識者会議でもこのような発言をされているようなので,そういう場に呼ばれるような有識者なのだろう。
私は大学で歴史を学んだ文系なので,これからも地方の国立大学でも文系の学問が学べる状況が続いてもらいたいと考える。
まず,大学で簿記会計と言うが,これは商学部経営学部で学ぶことができるのでは?それに,もしも企業が文系学部で経済学や歴史学などを学んだ学生よりも,簿記会計の知識や技術を身につけた人材が欲しいと思うなら専門学校の卒業生を採用すればいいのではないか。実際,企業はどちらの人材を選ぶのだろう。もしも実学である簿記会計を学んだ専門学校生よりも,文系学部で学んだ大学生の方が企業から選ばれるのであれば,企業が求める力を身につけられるのは大学なのでは?
ちょっとした言葉の端々を捉えて色々といっても,「それはたとえの話だ」となりそうなので,別の視点からも考えてみる。
10年ほど前,ニートが問題になって以来,大学や高校でキャリア教育が重視されるようになった。当初は,自分の適性を知り自分に合った職業を選ぶために行うことだと言われてきた。
しかし,最近は,以前のエントリで書いたように,キャリア教育も次のステージに入っている。
つまり,高度経済成長以来,企業が求めてきたマニュアルを覚え指示されたことを正確に行うことのできる人材ではなく,変化の激しい状況の中で目の前の問題を自分の力で考え克服していく力を持った人材が必要とされているのだから,問題を解決する力を身につけさせるべきだと。
問題を解決する力を生きる力として,それを身につけさせるために授業で観点別評価を導入し,授業を通して生きる力を身につけさせようとしてきたのではないか。
だから,例えば高校の日本史の授業でも,過去に起こった出来事を多面的・多角的に見て思考させたり,考えたことを表現させるなどの活動をしてきたのではないか。
大学の講義を通して学生が身につける力も同じことでは?講義をする教授が深く追求してきたことを講義を通して学生が追体験し,物事を深く追求するためにはどうしたらいいのかという方法を学んでいるのでは?
もしも大学で教える文系の学問が無駄というなら,高校で学ぶ日本史や,もしかしたら数学や物理なども実学ではないから必要ないとなるのではないだろうか。